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2017-09-05

幸せの数え方

 私の幸せ度は、いつも他人との比較において得られていた。タブラオに立つ回数や、住む家の広さ。何でも人より大きければ幸せ、小さければ不幸せだった。そんな私が不育症だとわかってからは、何年も苦しい思いをした。数が多いほど羨ましいのだから、子供を3人連れている人などは正視できないほどだった。不育症は、不妊症より辛い。授かった子供が流れてしまうくらいなら、授からないほうがどれだけよかっただろう。でも私はこの苦しみを誰にも打ち明けられなかった。
はじめて悩みを打ち明けたのはフラメンコを一緒に習う仲間だった。彼女は私に幸せの数え方を教えてくれた。不幸せの数を数えるのではなく、幸せの数を数えればいいのだと。そしてそこに比較は一切必要ないのだと。子供が授かれなくても、主人が「それでいい」と言ってくれていること、この暑さの中、フラメン踊れる健康体であること、仕事は順調で生活の心配がないこと。他にもたくさん私の幸せな部分を拾ってくれた。すぐには同調できなかった私だが、そのうち私も自分の幸せを自分で数えるようになれた。そういえば私は、フラメンコを踊れることに感謝したこともなどなかったし、主人に感謝したこともなかったかもしれない。でも私は楽しいから踊ってきたのだ。踊るために美味しいものを食べてきた。好きな人と一緒に食べてきた。私は今、見落としてきた幸せを数えながら拾っている。彼女に出会えたこともそのうちのひとつだと思う。

(横浜市・美羽/36歳)

パセオフラメンコ201112月号 掲載

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