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2017-09-11

母がくれた言葉たち

幼稚園から習っていたフラメンコを、高校生になってお休みしました。勉強と部活が忙しくなったからです。だけど、私はその部活でいじめにあいました。そして私は病気になり、部活にも学校にも行けなくなりました。
お母さんはそんな私を見て、いろんな言葉を言いました。いじめる側じゃなくて、いじめられる側でよかった。いじめられる人の痛みを知ることができたから。少しの間がまんすれば相手はすぐに飽きるから大丈夫。次はいじめてる人がいじめられるから見ててごらん。部活なんてやめてフラメンコに戻れば?フラメンコがあってよかったじゃない。私は、お母さんが私の苦しさを軽く考えていると思い、いじめられて良かったなんて言うお母さんを最低だと言ってしまいました。
だけど、時間がたってみたらその言葉たちは全部本当でした。いじめはすぐにおさまり、ターゲットはローテーションしていきました。私をいじめていた人がいじめられていくのを見ました。私はお母さんと約束したことを思い出しました。次におこるいじめに参加しないこと。いじめられる側の苦しさを知っていたから、絶対にいじめる側にはまわらない。いじめられてよかった。この言葉の意味を初めて理解しました。
そして私は部活をやめました。小さい頃からやっていたフラメンコを続けたいからという理由で。フラメンコがあってよかったという言葉もよくわかりました。ほんとにあってよかったです。病気も治りました。今は楽しく踊っています。

(風の谷・ホワイトクッキー/高1)

パセオフラメンコ20126月号 掲載

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